相続税申告が必要な人・不要な人の境界線:判定の「落とし穴」と詳細ルールを完全解説
ご家族が亡くなられた際、悲しみの中で直面する現実的な問題が「相続税」です。「うちは資産家ではないから関係ない」と考えていた方が、後になって税務署から「お尋ね」や「税務調査」を受け、慌てて相談に来られるケースは後を絶ちません。
相続税の申告が必要かどうかには、明確な「境界線(基礎控除額)」が存在しますが、その計算過程には素人判断では危険な多くの「落とし穴」が潜んでいます。
本記事では、相続税申告の要・不要を判定するための計算式、判断を誤りやすい「みなし財産」や「名義預金」、そして法改正により複雑化した「生前贈与」の扱いまで、税理士の視点で徹底解説します。
1. 申告の要・不要を決める「基礎控除額」の正確な計算
相続税は、遺産の総額が「基礎控除額」を超えた場合にのみ、申告と納税の義務が発生します。このボーダーラインを下回れば、原則として税務署への申告は不要です。
基礎控除額の計算式
| 計算式 | 3,000万円 +( 600万円 × 法定相続人の数 ) |
この計算式自体は単純ですが、「法定相続人の数」のカウント方法には専門的なルールがあります。
【重要】「法定相続人の数」カウント時の注意点
計算式における「法定相続人の数」は、実際の遺産分割協議に参加する人数とは異なる場合があります。
- 相続放棄があった場合
- もし相続人の一人が「相続放棄」をしたとしても、基礎控除額の計算上は「放棄がなかったもの」として人数に含めます。
- (例:配偶者と子3人のうち、子1人が放棄しても、計算上の法定相続人は4人のままです。これにより基礎控除額が下がらないよう配慮されています。)
- 養子がいる場合
- 被相続人に実子がいる場合:養子は1人までカウント可能。
- 被相続人に実子がいない場合:養子は2人までカウント可能。
- (※無制限に養子を増やして基礎控除を吊り上げる節税を防ぐための規定です。)
基礎控除額の早見表
| 法定相続人の構成 | 法定相続人の数 | 基礎控除額(ボーダーライン) |
| 配偶者のみ | 1人 | 3,600万円 |
| 配偶者 + 子1人 | 2人 | 4,200万円 |
| 配偶者 + 子2人 | 3人 | 4,800万円 |
| 配偶者 + 子3人 | 4人 | 5,400万円 |
2. これも遺産? 見落としがちな「プラスの財産」リスト
基礎控除額と比較すべき「遺産総額(課税価格の合計額)」の把握は、最も慎重に行う必要があります。「預金通帳の残高」と「不動産の固定資産税評価額」を足すだけでは、申告漏れ(過少申告)になる可能性が高いです。
① 本来の相続財産(目に見える財産)
- 不動産:宅地、建物(自宅・マンション・アパート)、農地、山林、駐車場など。
- 注意点:土地は「購入価格」ではなく、「路線価」や「倍率方式」で評価します。都心部では購入価格より安くなる傾向がありますが、逆に地方の別荘地などでは時価より高く評価されることもあります。
- 金融資産:預貯金(定期・普通・外貨)、現金(手元・金庫・タンス預金)。
- 注意点:亡くなった日までの「経過利息」も財産に含まれます。
- 有価証券:上場株式、国債、投資信託、非上場株式(自社株など)。
- その他:自動車、貴金属、宝石、骨董品、著作権、電話加入権、貸付金(友人や親族へ貸しているお金)など。
② みなし相続財産(契約により受け取る財産)
亡くなった時点では保有していなかったものの、死亡を原因として受け取る財産も課税対象です。
- 死亡保険金
- 死亡退職金
【非課税枠の活用】
これらには「500万円 × 法定相続人の数」という非課税枠があります。これを超えた部分のみが、課税対象として遺産総額に加算されます。
③ ターゲットになりやすい「名義預金」
税務調査で最も指摘されやすいのが「名義預金」です。
- 定義:名義は家族(妻、子、孫など)であるが、実質的な管理・支配を被相続人(亡くなった方)が行っていた預金のこと。
- 判定基準:
- 資金の出所は誰か?(亡くなった方の収入から積み立てられていないか)
- 通帳や印鑑を誰が管理していたか?(名義人が存在を知らないケースなど)
- リスク:これらは家族名義であっても、亡くなった方の遺産として計上しなければなりません。
④ 生前贈与加算(法改正により期間延長)
相続開始前に贈与された財産を、相続財産に持ち戻して計算するルールです。
- 令和5年(2023年)までの贈与:亡くなる前3年以内の贈与が対象。
- 令和6年(2024年)以降の贈与:法改正により、段階的に亡くなる前7年以内まで期間が延長されます。
3. 遺産総額から「差し引けるもの」
プラスの財産から以下の「債務・葬式費用」を差し引いた金額が、最終的な判断基準となる「課税価格」です。
債務(マイナスの財産)
- 借入金:住宅ローン、カードローン、事業用借入金。
- 未払金:亡くなった後に支払った医療費、クレジットカードの未決済分、未払いの税金(住民税・固定資産税など)、未払いの家賃・地代。
- 注意点:保証債務(保証人としての地位)は、原則として控除できません(主たる債務者が返済不能な場合など例外あり)。
葬式費用
- 控除できるもの:通夜・告別式の費用、火葬料、埋葬料、お布施・読経料、死体捜索費用。
- 控除できないもの:香典返し、墓地・墓石の購入費用(非課税財産のため)、法事(四十九日など)の費用。
4. 非常に危険な誤解:「税金ゼロ」と「申告不要」は違う
ここが最大の落とし穴です。「特例を使えば税金がかからないから、税務署には何も言わなくていい」と勘違いされている方が非常に多いですが、これは誤りです。
以下の特例は、「申告書を提出すること」を条件に、税金を安く(あるいはゼロに)する制度です。
① 配偶者の税額軽減(配偶者控除)
配偶者が取得した遺産が、「1億6,000万円」または「法定相続分」のいずれか多い金額までは非課税になる制度。
- 結論:適用して税額が0円になっても、申告は必須です。
② 小規模宅地等の特例
亡くなった方と同居していた親族などが自宅の土地を相続した場合、330㎡までの評価額を80%減額できる制度。
- (例:評価額5,000万円の土地 → 特例適用で1,000万円として計算可能)
- 結論:この特例を使って基礎控除額を下回ったとしても、申告は必須です。
【リスク】
もし「税金が出ないから」と申告をせずに期限(10ヶ月)を過ぎてしまうと、これらの特例が一切使えなくなります。
5. まとめ:自己判断のリスクと専門家活用の重要性
「申告が必要か不要か」の判定は、単なる足し算・引き算ではありません。
- 土地の評価(路線価、倍率、形状による補正)
- 名義預金の判定(実質的帰属の判断)
- 生前贈与の持ち戻し期間の確認
これらを一つでも誤ると、後日の税務調査で手痛い指摘を受けることになります。「ギリギリ申告不要かもしれない」と思われるライン(基礎控除額の前後1,000万円程度)にいる場合は、自己判断せず、必ず専門家の試算を受けることを強く推奨します。
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